②薬もマスクも手放せなかった私が、体の緊張をゆるめて気づいたこと

戦闘態勢のまま生きていた私が、身体のゆるめ方を知るまで
前回の記事を読んでくださった方、ありがとうございます。
今日はその続きとして、「じゃあ、なんで私がこのサロンをやっているの?」という部分を、自分自身の体験をもとにラフに書いてみます。
もし今、当時の私と同じように、不調が日常になっている方なら、きっと何かヒントになるはずです。 では、あの頃の私の話から。
「え? まだ月曜日!?」
「あー、今日も疲れた。…え? まだ月曜日!?」 週末までの日数を指折り数えていた毎日。
少々熱が出たくらいなら「疲れてるだけ」って言い聞かせて、今日もなんとかやり過ごす。
「今晩は早く寝て、明日早起きして片付けよう…」…なのに、目覚めた瞬間から身体が重だるい。 それが何日も続く。
世界が仕事中心に回っていて、自分だけがどんどんすり減っていく感覚がありました。
会社に行くのがツラすぎて、パニック発作が出たこともあります。
でも、「周りのみんなもそうだから」って、ずっと言い聞かせてきました。
今思うと、あの頃の私は身体がずっと"戦闘態勢"で、落ち着ける瞬間がほとんどなかったんだと思います。
「気合いで乗り切るコツは、主人公になったつもりで正義感を背負い、自分を鼓舞すること」
そんな持論で、ボロボロの身体を引きずりながら走ってきました。 (脳内BGM:ロッキーのテーマ、サンボマスター、WANIMA、ZARDあたり)
でも、頭のどこかでは「このままじゃいけない」とも感じていて、頑張って早く寝てみるものの、思った回復感が得られない。
そんな状態が続く中で、私の身体はずっとサインを出していました。
一年中、アレルギーに支配されていた
病院は常連。薬は年中服用。病院の薬は意外に速効性がないからと、市販の点鼻薬が手放せない。
学校や職場には箱ティッシュとビニール袋持参で、マスクの下は大洪水。
鼻が詰まって眠れないし、夜中に鼻づまりで目が覚める。
全身のかゆみや腫れ、くしゃみ、咳。微熱と倦怠感、そして脈打つようなズキズキとした頭痛。「体質だから仕方ない」と、ずっと思っていました。
でも、身体の緊張がほどける時間が増えていくにつれて、あの鼻炎が少しずつ、でも確実に静かになっていって。気づいた時には、薬もマスクもいらなくなっていました。
"鼻の問題"に見えて、実は身体全体がずっと警戒態勢だっただけ。今なら、そう理解できます。
PMSと生理が、毎月のがっかりイベントだった
学校や職場で支障をきたすほどのPMS(月経前症候群)。
重い生理痛、経血量の多さ。そして何より、予測が大幅にズレる安定しない周期。
「次いつ来るの?」って、自分の身体なのに読めない。
生理と被らないように予定を立てたのに結局ずれてしまう。毎月のように振り回されていました。
それが今は、ほぼ予定通りに来る。波が落ち着いて、痛みも軽くなって——毎月の不安が減ったというより、生理が「大きな予定」じゃなくなりました。
身体に振り回されない日が増えた
以前の私は、ちょっとした不調の気配で「また始まった…」って気持ちまで引っ張られていました。
調子が良い日は安心。少し崩れると不安。その繰り返しで、心がずっと落ち着かなかったんだと思います。
今は、違和感があっても必要以上に焦らない。「元に戻れる」を知っているから、慌てない。
結果的に、身体に振り回される時間が減って、日々がシンプルになりました。
ハプニングに対して冷静になった
クレーム対応とか予想外の出来事って、以前の私は心臓バクバク、手はプルプルで、頭の中が「どうしよう」で埋まって、思考停止してました。
でも今は、落ち着いて状況を見て、必要なことを順番にできる。「メンタルが強くなった」というより、身体が過剰に反応しなくなった感覚です。
ちなみに……独身時代、アパートの自室が火事になったことがあって。
いや、火事というか、ボヤです。みなさん、リチウムイオン電池の扱いにはお気をつけください。
帰宅したら、天井も床も真っ黒。ススまみれ。しかもススって、水拭きじゃ落ちないんです。知らなかった!
うわぁ…と愕然とする時間はありました。
でも割とすぐ受け入れて、「いつかこの出来事を昇華させてやろう」なんて野望がうっすら浮かびつつも、まずは「とりあえず今日は寝る場所を確保」、次に「月曜日から仕事に行ける準備」といった具合で、ちゃんとタスクが頭に浮かぶんです。
その時ふと、「私って、意外に冷静だな」と思って、置かれた状況のシュールさに面白さを感じていました。真っ黒な部屋で。
このボヤ騒ぎも、今思うと"ただの不運"じゃなくて、あとから振り返ったときに「あの出来事があったから今がある」って思える出来事のひとつでした。
この話の続きは、また別の機会に…。?
引き寄せじゃなく、チャンスに気づけるようになった
もうひとつ、自分の中で大きな変化がありました。
人との出会いが変わった、という"引き寄せ"みたいな話というより、目の前にあるチャンスに気づけるようになったんです。
以前の私は、余裕がありませんでした。誰かの話を聞いても「へぇ〜」で終わる。「ちょっといいかも?」と思っても、次の具体的な一手が出ない。
脳内会議ではすぐに、言い訳が組み立てられるんです。
「今は忙しいから」「疲れてそれどころじゃないから」「お金がないから」 そうやって、やらない理由をかき集めては、そっと流していました。
でも、身体が落ち着いてくると変わりました。人の話やチャンスが、ただ通り過ぎない。
「これは今の私に必要だ」ってアンテナが反応して、次の一歩がその場で出る。
世界が急に変わったんじゃなくて、私が「受け取れる状態」に戻ってきた。感覚としては、そんな感じです。
この変化を、誰かにも渡したくなった
変化を体験していくうちに、考え方が変わりました。「この体験を、同じように困っている人にも届けたい」と思うようになったんです。
薬が手放せない、眠れない、毎月の不調で予定が崩れる。そういう状態って、本人の努力不足というより、身体の状態として起きていることが多い。
それを私は、自分の身体で実感しました。
だから、同じように苦しい人が、好転する入口を知らないまま我慢し続けるのは、もったいない。その気持ちが、だんだん大きくなっていきました。
そこで私は、会社を辞めて、技術を身につける道に進みました。正直、怖さがゼロになったわけではありません。
でも身体が落ち着いてくると、怖さに飲まれずに「やるなら今だ」と判断できる。その感覚が背中を押してくれました。
学びと実践を重ねる中で分かったのは、同じ不調でも「整え方」は本当に人それぞれだということです。
だから今は、一般論を当てはめる対処法ではなく、目の前の人の身体に合わせて"回復に向かう順番"を見立てる。
そのための技術を、日々積み上げています。
回復できる身体は、取り戻せる
私がやってきたのは、身体を"回復モード"に戻す練習でした。派手じゃないけど、確実に変わりました。
ここで言う「回復モード」って、特別な能力とか根性の話じゃなくて、身体がちゃんと休める状態に戻るってことです。
無駄な力が入りっぱなしになっていた身体に、「もう大丈夫だよ」という合図を送り続ける。
その積み重ねが、身体の調子も、出来事への反応の仕方も、日常の見え方も変えていきました。
身体が整うとき、まなざしが変わる。まなざしが変わるとき、生き方が変わる。
もし今、あなたが「病院では異常がないのに毎日がつらい」「がんばっているのに回復しない」そんな感覚を抱えているなら——
まずは、身体が休める方向に戻る入口があることだけ、伝えておきたいです。


