⑧『嫌われたくない』が、本音より先に動いていませんか?

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そのイベント、本当に「したい」ですか?

突然ですが、クリスマスやバレンタインの起源を知っていますか?

クリスマスの商業化はおもちゃ会社や小売業界が牽引したもので、バレンタインにチョコレートを贈る習慣は製菓メーカーが日本に広めたものです。節分の恵方巻きも、もともとは関西の一部の風習を食品メーカーが全国に広げたと言われています。

つまり、「恋人と過ごすべき日」「チョコレートを渡すべき日」という常識は、誰かが意図的に作り上げたものだった。

これを知ったとき、私は少し笑ってしまいました。そして同時に、ふっと肩の力が抜けた気がしました。

「その日に予定がない=寂しい」「渡さない=気持ちがない」——そんなプレッシャーを、ずっと当たり前だと思っていたけれど。それって、誰かに植え付けられた"正解"だったんだと気づいたら、「別にしなくていいんだ」という解放感があった。

もちろん、イベントを楽しみたい人が楽しむのは素敵なことです。でも、「周りがしているから自分もしなきゃ」という理由だけで動いているなら、それは本心じゃないかもしれません。

そしてこれは、イベントだけの話ではありません。恋愛の「当たり前」も、実は同じように作られてきたものがたくさんあります。


「好きだから」が、いつの間にか「合わせなきゃ」になっていた

恋愛って、最初は「この人のことをもっと知りたい」というシンプルな気持ちから始まるはずです。

でもいつの間にか、こんなふうになっていませんか?

  • 返事が少し遅いだけで、「嫌われたかも」と不安になる
  • 「相手を怒らせたくない」と、本音を飲み込み続ける
  • 相手の機嫌ひとつで、その日の気分が決まってしまう
  • 「私がもっと〇〇だったら良かったのに」と、自分を責め続ける
  • 気づけば相手のペースに合わせることが、当たり前になっている

「好きだから合わせたい」が、「合わせないといけない」にすり替わっている。そのことに気づかないまま、じわじわと自分を後回しにしていく。

これは、あなたが弱いからではありません。恋愛の"正解"が、そういうふうに刷り込まれてきたからです。


私たちは"物語"で「恋愛の正解」を覚えてきた

アニメやドラマの恋愛は、いつも分かりやすい"正解の形"で描かれます。すれ違っても最後は結ばれる。尽くした人が報われる。「選ばれること」がゴールになっている。

そこに、こんなメッセージが混ざっていく。

「愛されるには、こうあるべき」「尽くす姿が美しい」「合わせられない人は愛が足りない」

気づかないうちに、「相手に選ばれ続けること」が恋愛の正解だと思い込んでいた。でも本当にそうでしょうか。


「こうあるべき夫婦像」を疑ってみたら

結婚してから、私自身もいくつかの「当たり前」を疑ってみました。

そのひとつが、「食事は妻が用意するもの」という常識です。二人とも仕事をしているのに、なぜ食事の準備は私だけの役割なのか?

そう気づいてから、早く帰宅した方が食事を作る、お弁当は当番制にするというスタイルに変えました。最初は「これでいいのかな」と少し戸惑いました。でも変えてみると、義務感がなくなった分、作ること自体が少し楽しくなった。

「こうあるべき」を手放したとき、初めて「こうしたい」が戻ってきました。


恋愛の常識を疑うことは、冷めることじゃない

だからこそ、恋愛の"当たり前"を疑うことは、恋愛に冷めることではありません。自分を取り戻すための、確認作業です。

選ぶ前に一呼吸おいて、自分にこう問いかけてみてください。

「それは私の本心?」「その決断で喜ぶのは誰?」

「返信しなきゃ」と焦っているとき、それは本心?それとも不安?「相手に合わせなきゃ」と動いているとき、喜ぶのは自分?それとも相手だけ?


ただ、「問うだけ」では難しいのが現実

正直、好きな人が目の前にいると、不安や怖さが本音より先に動いてしまって、何が本音かわからなくなる。それが恋愛の難しさでもあります。

「嫌われたくない」「関係を壊したくない」——その感情は本物だから、頭で分かっていても身体が先に動いてしまう。これは意志が弱いからじゃありません。身体が緊張モードのままだと、不安の方が本音より勝ってしまうんです。

だから「本心を問う」より先に必要なことがあります。身体の緊張をゆるめること。

緊張がほどけてくると、自然なことが起きます。「相手がどう思うか」より「私はどうしたいか」が、見えてくるようになる。これは壁を作ることじゃありません。自分のハンドルを、自分の手に戻すことです。


ざわついていては、本音は聞こえない

ざわついていては、自分の本音は聞こえない。静かで澄み切ったとき、本当に大切なものが自然と見えてくる。

その静けさは、頑張って作るものじゃありません。無駄な力が抜けた"自然体"の中に、もともとあるものです。

もし今、「それは私の本心?」という問いすら立てられないほど、誰かに振り回されてざわついているなら——答えを急ぐより先に、一緒に静けさを取り戻してみませんか。

身体が整うとき、まなざしが変わる。まなざしが変わるとき、生き方が変わる。

答えはいつも、自分の中にある。 その答えが聞こえる自分に、一緒に戻っていきましょう。

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